2014年6月17日火曜日

海外から見た日本 《第7回田中総一郎, Soichiro Tanaka, アメリカ》

みなさんから遅れること約3週間、クオーター制をとっているこの学校も遂に期末テスト期間が終わり、今日寮を出ます。
この日々眺めていた景色ももう見られなくなるのかなと感傷に浸っています。

海外から見た日本というテーマ。何を書こうか迷いましたが、「観光地の景観」という視点で少し書かせてもらいます。

外国人旅行者を日本に呼び込むインバウンド事業というものに個人的に興味があるのですが、それも小泉政権が観光立国基本推進法を制定してから国策となり、官民一体となって盛り上げるようになりました。そして昨年、遂に訪日外国人が1000万人を越え、月別前年比の上昇率も過去最高を記録するなど、観光産業は波に乗っています。

来る東京オリンピックも追い風になるでしょう。政府は2020年までに2000万人にしたいそうな。

ビザを緩和し、今の円安為替も続き、プロモーションに精を出せば日本を訪れたいと思う人も、実際にその思いを行動に移す人も増え、訪日外国人数は増えて行くと思います。

前置きはここまで。

実際に海外に住んでみて、外国人を呼び込もうと頑張っている日本を振り返ってみた時に感じた違和感があります。

それは日本の町並みがごちゃごちゃしていて、「美しくない」ということ。

ヨーロッパのバロック調に統一された町並みなんかを想像して日本の観光地と比較してみてもらえばわかるでしょう。





この写真はサンフランシスコ。

住宅街ですが、建物の建築様式が統一されていて、この通り全体の景色が美しいと感じさせます。



一方こちらは日本随一の観光地京都。
いくら「そうだ、京都行こう」の京都といえど、その都市開発の経過は、サンフランシスコのそれとは大きく違ったようです。

いろいろ言い訳はあるでしょう。開国から始まった西洋化が一気に日本を飲み込んでしまったとか、戦争で焼け野原になって、古い風情ある建物はなくなってしまった(京都は空襲がなかったので当てはまらない)とか、急激な経済成長とバブル経済が地価を高騰させ乱開発を誘発したなどなど。
しかし、全てに統一して言えるのは、日本の都市設計はあまりに景観、全体の町並みという意識が排除されてしまっていたのです。

「土地はその人自身の所有物。だからそこに建つ物はその人の好きにしていいし、そこに干渉するのは間違っている。」「町並みの美しさに経済価値を見出してこなかった。」そんな共通認識が長らく全国一体で共有されてきたのです。

最近になって町並みの美しさという視点が広く認知されるようになってきました。開発による景観破壊を阻止する景観論争の歴史を100年も持つ京都も遂に統一的な景観条例が施行されるなど、その動きは活発になってきたと言えるでしょう。

日本から出た事がなかったころを思えば、空が電線に覆われ、ビル群に囲まれた庭園と寺を見に修学旅行に行っても違和感を感じることはありませんでした。寺へ至る道に乱立するコンクリートジャングルに対しては無意識に目を閉じ、「あー京都は綺麗だったなあ」と思っていました。

けれど、こちらに来ていろいろな都市を回って日本の町並みは美しくないということに気付いたのです。

一生懸命いいアングルで、できるだけ周りのビル群が写らないように撮った映像を使えば外国人のみなさんも来てくれるでしょう。けれど、次はあるでしょうか。リピーターとなって来てくれるでしょうか。京都はマストで行くべきところだけど、見るべき神社仏閣を見終わったらすることもないからと、外国人旅行者の京都における滞在期間は短いようです。街全体として美しい他の観光都市を知る者たちはそこまで甘くないでしょう。

私も今では、点だけの美ではなく、面としての美に、街並み全体の美に安らぎを感じ、そこを練り歩くことで旅の充足感を得ます。

美しい街並みを維持した観光地はどこも町並みに関して厳しい規制をかけた成果によるもの。
海外から見た日本は、「町並みの景観」という意識がすっぽりと抜け落ちてしまった国でありました。

今後持続可能な観光立国を目指すのであれば、より一層この意識、必要になってくるでしょう。

しばらく日本を離れていると、こんな視点が芽を出したりします。


それでは。


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