2014年4月19日土曜日

海外から見た日本 《第7回 向山直佑,Naosuke Mukoyama カナダ》

お久しぶりです、東京大学4年でトロント大学留学中の向山直佑です。
僕はもう全ての授業・テストを終え、というかテストは無く、あと一週間で日本に帰国します。
カナダは大学が終わるのが早いので、来年度から就活の開始も遅くなることを考えれば、なんとしても4年で卒業したいという人にとっては都合のいい留学先と言えるかもしれません。
さて今回は(というか前回は、なのですが)「海外から見た日本」ということで、なかなか書くのが難しい話題であります。
まあ「サービスの違い」とか「日本食の美味しさ」とかならいくらでも書けるのですが、それは他の方も書かれていると思うのでわざわざ書く気にはなれず・・・。
なので今回は、こちらで気づいた「日本に生まれたことそれだけで既に得ているアドバンテージ」というものについて簡単に書いてみたいと思います。

最近は「ガラパゴス」などという言葉も流行っているようにその凋落、孤立が取り沙汰される日本ですが、しかし腐っても鯛、依然として世界第三位の経済大国、政治的プレゼンスも決して低いものではありません。
最近よく使われる「グローバル人材」という言葉がありますが、こうした言葉が真剣に議論されること自体、「世界についていけていない」という危機感があることの証左であるように思われます。
しかし他方で、日本人は日本に閉じこもっていても当分はある程度なんとかなる、ということもあるでしょう。むしろそれだからこそ、世界に対して国を開くことに対して抵抗もあったりするのかもしれません。
国内で多くの物が揃い、治安も安定していて、国内で高レベルな教育も受けられる、私達が当たり前に思っているようなことですが、客観的に見ればすごいことです。
途上国と言われる国々を例えば見てみると、国に残っていても良い仕事は見つからず、レベルの高い教育も受けられない、政治的にも不安定で安心できない・・・。そういう海外に出「なければいけない」状況にある人々が、海外に出「てみたほうがいい」という程度の日本人よりもグローバル化に必死に対応しているのは、ある意味当然かもしれません。
日本人に比べて中国人・韓国人の留学生が格段に多いのも、必ずしも焦るようなことではないと思います。

加えて、先ほども腐っても鯛と書きましたが、日本人であることのアドバンテージは国際社会においても大きいように思います。
例えば同じ能力を持った日本人とカナダ人を比べてみましょう。
2人が同時にその国の外務省に入ったとします。
2人のうち、どちらがよりスケールの大きい仕事が出来るでしょうか。
おそらく、日本人でしょう。
経済規模も政治的プレゼンスも日本のほうがカナダよりも大きい、そうしたなかで必然的に、同じ能力を持っていてもやれる仕事の大きさは、変わってくると思います。
(カナダだとそんなに違いはないかもしれませんが、例えばどこかの小国なんかと比べてみれば差は一目瞭然でしょう。)
つまり、どこに生まれるかという自分ではどうにもできない事情によって、「大きなこと」を出来る可能性はまったく違ってくるのです。
(不利な場所に生まれたらそれが出来ないと言っているのではなく、あくまで可能性の話です。)
(同じことは国内でも言えて、例えば東京都に生まれた人と鹿児島県に生まれた人では、前者のほうが確率としてより「中心的」な仕事に就く可能性が高くなるでしょう。)
海外のニュースを読んでいると、良くも悪くも日本の首相や経営者の登場回数は、減りつつあるとは言われますが他国のそれに比べて多いです。
もちろん、日本よりもそういう意味で恵まれた国はあるでしょうが。
トロント大学に留学して周りの学生を見ていて、そういうことを感じました。

あるいは韓国や中国と比べてみて、海外に出て行くことによる付加価値が、日本人は大きいようにも思います。
規模に対して数が少ないだけに、語学が堪能であったり、異文化に対する理解がある人材の希少価値は高く、あるいは国際機関などでは出資額に比べて日本人職員の数が足りていないなどということもあり、他国の人材よりもそうしたポジションに就ける可能性が高くなっているのではないでしょうか。
例えばアメリカでPh.D課程にアプライするとしましょう。
アクセプトされる数はアメリカ出身者がもちろん一番多いですが、留学生も一定数採用されます。
20人のアクセプト中5人がアジアからの留学生だったとして、その中で中国人ばかり5人ということはありえません。
それが仮に中国人3人、日本人2人だとしたとき、おそらく応募者の数を考えれば中国人の方が倍率が高いでしょう。
日本はある意味、どうしようもない国際化の必要性に比較的さらされていないせいで、他国の人材に比べてまだ海外に出て行く上での競争率が低い、そんな気がするのです。
もちろん、英語を母語とする人々が一番強者であることには変わりないのですが・・・。

なんだかさも事実のように書いてきましたが、ここに書いたことは実証されていることではなく、私の印象と実感によって構成されたものですので、ご了承ください。
今回はこのあたりで失礼致します。お付き合い下さりありがとうございました。


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